昨日は2Gの最後であるC100Mで終わっていたと思いますので、早速続きを送りたいと思います。

11台目 C308P

C308P

この頃にIDOとDDIとKDDの三社が合併してKDDIが誕生しました。そしてケータイ向けのブランドはauへ変わりやっと回線交換からパケット通信へ対応したと記憶しています。この頃からauは業界初の学割を初めて巻き返しを図っていきます。時台は、Jフォンの写メール全盛期でしたね。

12台目 DIVA C404S

C404S

auは400番台の新機種と学割をスタートし、当時大人気出会ったN502iの折りたたみ式に対抗して、auも新機種全て折りたたみにしてきましたが、相変わらずカメラ付きはJフォンの独壇場でした。当時販売員をしたいた筆者は来店されるお客様は、ドコモかJフォンを購入しにきた方をauをおすすめしていました。この頃は、港南台で働いていましたね。うーん懐かしい。因みにこのC404Sは当時としては高級機でした。5万くらいしたはずです。SONYのメモリースティックウォークマン内蔵でしたので、CD1枚分である64MBのメモリースティックも同梱されていました。ホワイトメモリースティックは、著作権保護対応のメモリースティックが今では懐かしいですね。この当時にSONYがiTunesみたいにしっかり取り組んでいれば、アップルに遅れをとるようなことはなかった思っています。本体のバックライトがブルーで非常にカッコいい端末でした。

13台目 C413S

C413S

まだまだJフォンの攻勢が続く中SONYのストレート端末が久しぶりに発売されました。この当時のソニー端末は、ジョグダイヤルの強度不足で1年端末が持たなかったのでサクッと切り替えました。
画面は小さくなりましたが、この当時やっていたことは、通話とメールだけだったので全然気になりませんでしたね。

14台目 C451H

C451H

春先にまたまた日立からストレート端末が発売されたので、乗り換えました。
この当時、新機種が発売されても新規契約なら0円で購入する事が出来たので、電話番号に拘っていなかった筆者はしょっちゅう電話番号を変えていましたね。
日立の端末は、嫡子音が大きめだったので気に入っていましたね。



15台目 C5001T

C5001T

2001年の年末商戦用にauから投入された端末がコレです。
確か、ムービーに対応した初めての端末でした。
今の着うたと違いビットレートも低く、きっと今聞いたらビックリしてしまうことでしょう。
このとき一緒にパシャパという30万画素のカメラが別売りで発売されていましたね。
DDIから、PHSの機種でも別売りカメラが発売されていました。
Jフォン以外はカメラ付き端末がない中一人勝ちが続いている状態でした。

16台目 C3001H

C3001H

C5001Tを購入して1ヶ月も経たないうちにコレも買ってしまいました。
周りが、折りたたみばかり使っていたので、ストレートが好きだったんですよね。
当時はケータイ4台5台くらい持っていましたね。
懐かしい端末です。

17台目 A3012CA au初のカメラ付きケータイ

A3012CA

auもこのままでは勝てないと思い、やっとカメラ付きケータイが登場しました。
このカシオの端末は、学割を使っている学生に対して非常に売れた記憶があります。
自分がいた店舗が学生が多いエリアだったこともあったと思いますが、1000台くらい売ったと記憶しています。
実際に自分も使って見ましたが、非常に使い安く良い端末でした。
一部液晶が黄ばむ現象など言われていましたが、自分のはそんな症状は全くありませんでした。
この端末からCDMA2000 1x(3Gね)になったと思います。
当時ドコモとJフォンは3Gのエリアを1から作らなければなりませんでしたが、auは既存の設備の基盤を1枚変えるだけで3G基地局が完成していたので、3G化が一番速かったキャリアです。

18台目 A5301T

A5301T

auの秋端末のフラッグシップの東芝製端末になります。
やたら、分厚い端末だったと記憶しているのと、非常にもっさりで自分的には、東芝は何をしているんだ!
と、感じた残念な端末でした。

19台目 A1101S 光るケータイ

A1101s

少し遅れて、発売されたSONYのA1101Sに即座に乗り換えたのは言うまでもありません。
この端末は、背面前面が通知スクリーンになっており光ります。
さらに着せ替えパネルで見た目も買えることができるおしゃれな端末でした。
今でも通話様に欲しいと思わせる端末です。

20台目 A5302CA 着うた対応端末

A5302CA

au着うた初対応端末になります。
確か、CHEMISTRYがプリインストールされていたと思います。
まぁ今からすれば、音質は非常に悪かったですけどね。
当時最速で3Gエリア構築したauはドコモやJフォンの1年は設備で先を行っていましたね。
他社は設備的に着うたの提供が無理だったので、この年はau躍進の年でした。

20台のケータイを使っても、2002年までしか進まないとは・・・
振り返って見てもこんなに使っていたのか俺は・・・
引き続きパート3をお送り致しますね。


 
スポンサードリンク